僕とチチ

その16

それから、半年位は平和な毎日が続いていた。
益々、マミーとリンデルさんは仲良しになり、お互いの家を行ったり来たりし
て、デナーに招待しあったり、リンデルさんの仕入れてくる情報で2人で中国
の国境近くまで買い物に出かけたりしていた。
ジョージは僕の弟のようになり、チチは相変わらず、ジョージに惚れていたん
だ。
ちょっと、困った事はジョージがどんどん、わがままになって行った事なんだ。
リンデルさんには3人子供がいたけれど、2人はもう、結婚して南アフリカに
いて、1人だけ、香港でリンデルさんと暮らしていたんだ。
旦那さんはドイツ人でリンデルさんより年下らしい。
この人は子供達のお父さんじゃないんだって。
何だか難しいんだけど、リンデルさんは何度も結婚していて、今の旦那さんと
は子供はいないみたいなんだ。
だから、ジョージを今の旦那さんとの子供のように可愛がっていたんだよ。
旦那さんのガードさんもちょっと、気難しい人だったけど、ジョージの事にな
ると、溶けたチョコレートみたいになっちゃうんだ。
だから、ジョージは家の中では好き放題、やりたい放題で、誰も怒ったりしな
かったんだ。もちろん、メイドさんだって、ジョージにメロメロだから、怒ら
ない。
ジョージは自分は皇帝にでもなったような、おおへいな態度になってきたんだ。
でも、僕にはやっぱり弟だから、相変わらず、仲良しだったけどね。

ある日、町で一軒しかないペットショップにマミーは買い物に出かけたんだ。
もちろん、僕たちも一緒だ。このお店のオーナーは僕の学校の先生だったから、
僕と会うと凄く喜んでくれるんだよ。
僕たちの20K入りのドッグフードを注文して、帰ろうとしたら、オーナーの
マーガレットさんが、
「あの、ちょっといいですか? 貴女の近所にジョージって犬がいるの知って
ます?」
「はい、タマタマとチチのお友達ですから」「うちのお客さんがジョージのオ
ーナーを探しているので、電話番号を教えてくれませんか?」
「え、どうして?無断で人の電話番号は教えられないけれど、何かあったの?」
「ええ、実はお客さんの犬がジョージにレイプされたらしいんですよ。オーナ
ーはブリーダーだから、もし、犬が妊娠したりすると商品にならないと激怒し
ているんですよ」「ちょっと、待ってよ。確かジョージは半年前に手術してい
るはずだけど。
ま、いいわ、ジョージのマミーに話してみるわ」と言って僕らはお店を出たん
だ。

えー、ジョージがレイプしたって!
  信じられないよ。そんな、奴じゃないぞ、ジョージは!!

その晩、マミーはリンデルさんに電話を掛けたんだ。
「ハーイ、リンデル。今日ね、ペットショップに行ったら、ジョージが指名手
配になってたわよ。他の犬をレイプしたんだって?どうしたの?」
「そうなのよ、3日くらい前、あんまり気持ちの良い夜だったんで、ジョージ
を散歩に出かけたのよ。そうしたら、シュナウザーを2匹連れた人と出合った
のね。
で、また、ペチャクチャお喋りをして、ハっと気がついたら、ジョージが暗が
りのブッシュの中で1匹のシュナウザーに乗っかっているのよ。で、何してる
の!と怒ろうと思ったけれど、よく考えてみたら、半年前に手術したんだから、
子供は出来る訳は無いんだし、まいいかと思ったのね。そうしたら、シュナウ
ザーのオーナーがオロオロして、もし、ジョージの子供が出来たら、商品にな
らない。ってパニックになったのよ。だから、ジョージは手術を済ませてある
から、大丈夫ですと何度も言ったのに、信じてなかったのねえ。ブリーダーに
なり立てで、このシュナウザーが初めてだったみたいよ。それに、ペットショ
ップでブリーダーになれば、大儲け出来ますって言われて、相当高い値段でシ
ュナウザーを買ったみたいだから、パニックになっても仕方がないけれど。で
も、あの時のジョージの顔。忘れられないわよ。もー、幸せーってヘロヘロに
なってたんだもの。心配なのは、ジョージがこれで味を占めて、また、やらな
いかって事だわ」とリンデルさんは大した事じゃないと電話を切ったんだ。
マミーは、直ぐにペットショップに電話した。
「ハロー、マーガレット? サラですけどね、ジョージのオーナーと今話をし
たんだけど、やっぱり、ジョージは半年前に手術を済ませてあるから、シュナ
ウザーのオーナーに心配ないと伝えてあげて」
「はい、有難うございました。あちらも安心すると思います」

電話を切ったあと、マミーは手術をしたあとでも、Hな気分になるものなのか
と考え込んでいた。そうして、側に寝転んでいた僕の方を見て
「タマちゃんも、そんな気分になるの?手術したら、もう無いのかと思ってい
たわ」とまた、勝手な独り言が始まった。当たり前だ。手術したのは子供が出
来ないようにしたのであって、Hな気持ちにはなるんだ。マミーが知らないだ
けだ。

マミーはそれからも時々、あのトランクを持ってどこかに出かけて行った。
ダデイと一緒の時もあるし、一人の時もある。
この頃、うちにはジャッキーさんというフィリピン人のメイドさんが働いてい
て、マミーが居ない時は、うちに泊まって、僕らの面倒を見てくれるようにな
っていたんだ。
ジャッキーさんは僕たちを可愛がってくれて、マミーも凄く安心していた。

ある日、電話でマミーはあちこちの飛行機会社に電話を掛けていた。
僕は直感で、まただー、いなくなるんだーと感じたんだよ。
でも、ジャッキーさんもいてくれるし、仕方がないとすぐ、あきらめられたん
だ。
マミーはなかなか、予約が取れないらしい。やっと、ノースウェストとキャセ
イとかいう飛行機会社の予約が取れたみたいだった。ダデイにも
「凄く混んでいるのよ。2週間先のフライトじゃないと席が取れないみたいな
の。とりあえず、ノースウェストとキャセイに予約を入れたわ」と話した。
仕事でどうしても、日本に行かなければならないみたいなんだ。
それから、毎日、毎日机に向かって、何だか書類を作って忙しそうだった。
散歩もジャッキーさんに任せて、仕事をしていたんだ。

それが、明日、日本に行くという日、朝起きると、マミーは「嫌な予感がす
る」と言って、せっかくの予約を全部キャンセルしてしまったんだ。
実はマミーの仕事は占い師だから、嫌な予感は無視できないんだ。
で、キャンセルしてしまった後、「タマちゃん、マミー今回は止めた」と言っ
て、トランクの中から、荷物を全部出しちゃったんだ。
僕はアー良かった。うちに居てくれるんだなーと思ったんだよ。
それから、1日中、日本に電話を掛けて、仕事の相手の人に謝っていたんだよ。

その晩、旅行もキャンセルしたし、とても気持ちの良い夜だったので、マミー
は僕たちを夜の散歩に連れて行ってくれたんだ。
いつもとは違って、裏の丘を一回りして階段を下りてくるコースだった。
誰もいないから、僕もチチも引き綱なして、自由に歩き回っていた。
そして、もう、道路を渡れば、アパートの裏の入り口という所まできた時だっ
た。
いつもは、マミーが車が来ていないか確認してから、「OK]と言われたら、
道路を渡るのに、その時、僕は道路の向かい側に何かを見たんだ。何だったん
だろう。
僕は勝手に道路に飛び出していた。そうしたら、右側から大きなバスが来てい
たんだ。
ドカって大きな音がして、僕の体は宙に浮いていた。
マミーのタマちゃーん、キャーって言う叫び声だけが聞こえたんだ。
僕はパニックだった。バスはキキーという音を立てて急停止した。
僕は道路にたたきつけられたのに、超パニックで何が何だか判らずに、起き上
がると走り始めていたんだ。怖くて怖くて何が何だかわからない。
後ろでマミーが呼んでいるみたいだったけど、僕は全速力で走っていた。
足も体も痛いのに、パニックだったんだよ。
誰か止めてー。前からジョギングしていたおじさんがマミーの叫び声を聞きつ
けて、僕を捕まえてくれたんだ。マミーも後ろから、ゼーゼーいいながら、追
いついて来た。
「タマちゃん、大丈夫?」と言って、僕を抱きしめてくれたんだ。
僕は右足と右側の体から血が出ていたんだ。車にぶつかった時に出来た傷だっ
た。マミーはそのおじさんにお礼を言った後、バスの運転手さんに謝った。
だって、僕が勝手に飛び出しただから、僕が悪いからなんだ。
マミーはその時に思ったんだ。あの、嫌な予感はこの事だったんだって。

うちに帰って、マミーが僕の体を調べた。血は出ていたけれど、傷は深くなか
ったんだ。
「タマちゃん、あのドカって音を聞いた時はもう駄目だ。タマちゃんは死んだ!
って思ったのよ。よかったね、かすり傷で。でも、一歩間違ったら、バスの下
敷きで一巻の終わりだったのよ。どうして、飛び出したの? 何を見たの? 
今まで一度だって道路に飛び出した事は無かったでしょう。しかし、あのバス、
どこから来たんだろう。マミーも全然気が付かなかったし音もしなかったよね。
普通は、ブオーとかエンジンの音とか聞こえるのに、ハっと気が付いたらタマ
ちゃんがはねられていたんだもの。何だったんだろう、あれは。でも、良かっ
た。仕事をキャンセルしていなかったら、明日の朝9時の飛行機に乗らなけれ
ばならなかったもの。これだったのよ、嫌な予感は!」
とすっかり、納得してしまった。

マミーは傷は浅いけれど、内臓破裂があるかもしれないと、一晩中、僕につい
ていてくれた。
次の日、一番で獣医さんに電話をして、僕は往診してもらったんだ。
「タマタマは骨がしっかりしているのと、筋肉が非常に発達しているので、バ
スにはねられた時に、筋肉がクッションになって、骨も折れなかったんですよ。
内臓も大丈夫。しかし、あの大きなバスにはねられてこれだけのかすり傷は奇
跡的だなー」と獣医さんは感心していた。
まったく、何が起きるか、判らないよ。 
                                          
つづく(次号掲載は1月25日を予定しています)