もうこの世にいないブラウニー
その27.

でも、たった一人だけ、おじいさんで毎朝会うのに、絶対に返事をしない人が
いた。
マミーは始めは、グッド モーニングと声を掛けていたけれど、20回、30
回会ってもまるで、マミーと僕たちがそのに存在していないように、全く無視
をする。
マミーは、段々と変な気分になって行った。
そのおじいさんに会って無視されると、その日はとっても暗い気持ちになって
いった。
だから、今朝はこのおじいさんに会わないといいなあと思っても、やっぱり会
うんだよ。

おじいさんは時々、パピヨンという小さい犬で耳が蝶々みたいな黒と白のブチ
の犬と散歩していた。でも、この犬も僕の5分の1位のサイズのくせに、自分
は凄い強い犬だと勘違いしているようで、僕たちに向かって来るんだ。キャン
キャンと何時までも咆えつづけるんだ。僕が一回噛んだら、お終いなのに。
そして、おじいさんの奥さんとも遭遇した。
奥さんはビヤダルみたいに太っていて、ツンツンとおじいさんよりも、もっと
露骨にマミーと僕たちを無視したよ。
まるで、僕たちがそこには存在していないかのように。

マミーはこのおじいさんに会っても挨拶はしない事にした。
そして、もしかすると、人種差別というのかなと気が付いたんだ。
おじいさんは背が高い白人で第二次世界大戦に行った年齢みたいだ。
白髪のムスタッシュで、いかにも元軍人のタイプだったから。

仕方がない。このレイク バーリントンの中では東洋人も黒人も見かけない。
もしかすると、マミーは数の凄く少ない東洋人の住人なのかもしれなかった。
きっと、白人ばかりのコミュ二テイなのかも知れないなあ。中には、東洋人が
嫌い、特に日本人が嫌いな人もいるんだろうなあと考えさせられたんだよ。

マーレンにも良く散歩で会うんだ。
僕たちの新しい弟分だから、会うのが楽しみだった。
マーレンは会った途端に僕に飛びついてきて、好き、好き、好きと100万回の
キスをする。弱ったなあ。そんなに激しく嬉しさを表現されると、照れちゃう
よ。
僕は恥ずかしくもあって、ちょっと気難しいポーズをとる。
うるさい奴だなあ。僕はちっとも嬉しくなんかないぞ、って。でも、本心はマ
ーレンにメロメロでチュッチュされるのが好きなんだ。
マミーはマーレンのママのシェールさんに聞いた。
「ねえ、毎朝、背の高い、ムスタッシュのおじいさんに会うんだけれど、私、
完全無視されるのよ、人種差別されているのかなあ?」
「あー、ガイの事ね。知ってるわよ。でも、心配しないで。あの人はグラウチ
ィで有名なのよ。ご近所も皆、あの夫婦の事は嫌いだから。誰にでも、ああい
う態度なの。貴女だけじゃないのよ」
「そう、良かったわ。毎朝出会うのに、こんなに露骨に嫌われているのが判る
のは、悲しいものねえ」
「所がマーレンには全く違うのよ。だから、私とビルには凄く愛想がいいの」
ビルさんはマーレンのお父さんの事だ。どうも、偏屈夫婦で有名なおじいさん
と奥さんだったみたいだ。

それがね、ある朝、ビックリする事に遭遇したんだよ。
湖まで来ると、シェールさんとマーレンがいたんだ。
そして、あのおじいさんとパピヨンも一緒だ。
おじいさんは満面の笑みを浮かべて、マーレンとパピヨンがじゃれあっている
のを見ている。いつもの苦虫を噛み潰したような顔じゃない。それに、マーレ
ンに
「バブバブ、マーレンちゃんはいい子ちゃんですねー。可愛いねー」と赤ちゃ
ん言葉で話し掛けているんだ。

マミーは側でそれを見て、完全に凍り付いてしまった。
げー、このおじいさん、同じ人なの?信じられない!!

後日、またシェールさんと出会った時に、マミーはこの前目撃した信じられな
い光景について聞いた。
「シェール、本当に信じられなかった。あのグラウチィじーさんがマーレンに
はメロメロじゃないの」
「そうなのよ。ガイの犬は性格が悪くて、他の犬とは友達になれないし、飼い
主があれじゃ、友達は出来ないわよ。でも、不思議なのはマーレンの事が大好
きで唯一の友達だし、ガイもデレデレになったしまうのよ。私とビルにはマー
レンの両親だから、凄く愛想がいいのよ」
マミーは、これもマーレンの特殊な能力だと感じたんだ。
人間や犬の気持ちをヒーリングする特別な能力だ。
マミーはマーレンをヒーリングドッグと命名した。

マミーはインターネットというのもの初めていて、朝と夜の二回、イーメイル
というのを送ったり、受け取ったするようになった。
香港のお友達と連絡したくても、夜と昼が反対で、中々連絡を取るタイミング
が無くて困っていたから、イーメイルというのは画期的だったんだ。
そうして、初めて来たイーメイルはバウジャーとアーノルドの写真入りのソフィ
ーさんからのものだった。でも、それは、マミーにとっては悲しい悲しいニ
ュースだったんだ。

ソフィーさんが知らせてくれたのは、ブラウニーの事だった。
ブラウニーのママのスージーさんが赤ちゃんを産んだんだけれど、ブラウニ−
はもういらないと動物愛護協会に送られて、眠らされたというものだった。
マミーは、オイオイと大きな声を上げて泣き出したんだよ。
どうして、ブラウニーを一緒に連れて来てやらなかったのか、と凄く後悔した
んだ。
スージーさんがブラウニーに手を焼いていたのも知っていたし、育てられない
のなら、どうして、僕たちが香港を出るときに言ってくれなかったのか。
マミーはブラウニーが大好きだったんだ。ダディもブラウニーが大好きだった
んだ。

その晩、マミーとダディはとても悲しい顔をしていた。
マミーはブラウニーと一緒に撮った写真見て、ずっと泣いていた。
                                           
つづく(次号掲載は4月12日を予定しています)
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