捨てられていたチチが初めてウチに来た時
僕らはすぐに仲良くなった

 その4.

ダデイは仕事で出張しない時は毎朝、僕とジョギングをするようになっていた。
それまでは、僕が小さかったので一人で走っていたけれど、そろそろ、一緒に
走れる年齢になったから、僕はダデイのジョギングの連れになっていた。
雨の日も、嵐の日も欠かさず、1時間位、走るんだ。僕は雨は嫌いだけど、ダ
ディと走るのは大好きなんだ。あの日も台風がもうすぐ直撃するという大雨の
朝だった。
僕とダディはずぶ濡れになって走っていると、突然小さい黒いものがヤブの中
から飛び出して来た。僕の所に鉄砲玉のような勢いで向かって来たんだ。何だ、
何だ!!と思ったら、小さい小さい赤ちゃんの犬だったんだ。
「お兄さん、ハロー!」と言ってきた。ダディが捕まえると手の上にちょっこっ
と乗って、寒さにブルブル震えていた。小さい小さい体だったんだ。
ダディはそのまま、何にも言わずに手の上に乗せたまま、どんどん走って、家
に帰ったんだ。
「おーい、子犬を拾ったよ」と言って、マミーに見せると「何この醜い汚いど
ぶねずみみたいなのは!子犬??ねずみじゃないの?」とあんまりウェルカム
な感じじゃなかった。直ぐに、お風呂に入れて、ドロドロだった体を洗って、
のみとダニを取ったんだ。
ダニはマミーの小指の先の半分くらい大きくて、真っ黒なクモみたいなんだけ
ど、肌に食いついて、血をチューチュー吸うし、その後、頭が血管の中に入っ
て体中に回って、ライム病という病気にな
る恐ろしい虫なんだ。耳に入る事もあるから、体中をチェックしなければいけ
ないんだ。
「こんなに小さい体なのに、凄い数のダニとノミがついているわ。野生で生ま
れたのか本当に生まれてすぐに捨てられたのか外で随分長く生活していたんじ
ゃないのかなあ、それにしても、醜いブスだねえ」と言った。
子犬は凄くお腹が空いていて、ミルクも缶の肉もあっという間に平らげた。
「ねえ、どうするの、このブス犬?」とマミーが言うとダデイは獣医さんに電
話した。
「今、雨の中で子犬を拾ったんですがそちらで引き取ってくれませんか?」獣
医さんは「ここ、2日間で6匹くらい見つかって、こちらでは引き取れません。
が、子犬が欲しいという人はいるので、電話番号をあげますから、その人達に
聞いて見て下さい」と言って、引き取ってはくれなかったんだ。台風は上陸し
て大嵐になってきたので、とりあえず、2−3日は家に居させてあげようと言
う事になった。僕は嬉しかった。子犬は僕をお兄ちゃん、お兄ちゃんと慕って
来るし、このまま、この子犬が家の子になればいいなーと思っていたんだ。で
も、マミーは反対だったし、一体どうなるのだろうとハラハラしたんだよ。一
緒にいてくれたら、僕も淋しくないし、何とかマミーとダディが決心してくれ
ないかと思っていたんだ。
 
それから、何人かの人が子犬を見に来たけれど、皆あんまり子犬が醜いので、
いらないと帰ってしまったんだ。僕はそんなに醜いとは思わないし小さくって
可愛い奴だと思っていた。でも、人間の好みは違うらしい。遂に、マミーとダ
ディは決断しなければ、ならない時がやってきた。ダディは「3チョイスがあ
るね。1はこのまま、貰ってくれる人を探し続ける。でも、難しいな。2は動
物愛護協会に連れて行く。でも、この子犬はきっと貰い手がつかなくて、3日
くらいで、薬殺されるね。3は家の子にする。タマちゃんも妹が欲しいだろう
し、ダディもマミーも旅行が多いから、タマちゃんの相棒がいれば、淋しくな
いだろう。それに、あの嵐の中、ヤブの中からタマちゃんにハローと言って出
てきたのは運命だ。拾ったダディにも責任がある。で、この子犬は家の子にす
る」と珍しくダディは決断した。
マミーも「ブスだけど、タマちゃんが淋しいのはわかるから、いいわよ、うち
の子にして」と言った。僕は嬉しかったよ。だって、妹が出来たんだもの。で、
また名前を付ける事になった。変な名前を2人で考えていたんだけどダディが
「おっぱいちゃん、女の子だから。うーん、チチはどうだ?」と言って、この
新しい家族の名前はチチになった。漢字で書くと乳と書くらしい。

次の日、獣医さんの所にチチを連れて、検査に行ったんだ。
チチは体は全体がスモールドーベルマンみたいだけど、尻尾がブタみたいにク
ルッと巻いていて、毛並みはドブねずみのように下にグレーと茶色の毛。そこ
に黒い硬い毛が上に生えている。顔は細くてドーベルマンのようなのに、おで
こにシワが沢山ある。獣医さんはおでこのシワを見て、シャーペーミックスで
すと言った。でも、僕は初めて噛まれた相手がシャーペイおじさんだったから、
よく知っているけど、シャーペイはヌードみたいな色で体中がシワシワでぶよ
ぶよしているし、顔だって丸くて平たくて、チチとは似ても似つかない顔だよ。
でも、獣医さんはチチのおでこのシワシワはシャーペイから来ていると言った。
でも、どうも、あんまり凄いミックスだったので判らなかったのかも。チチは
生後2ヶ月位で、野生で生まれたらしいと判ったんだ。それに、耳の中にイヤ
ーマイスがついて、チチの鼓膜を食べちゃってもしかすると、聞こえ無いのか
も知れないんだって。それから、耳の中が痒くて頭を振りすぎて、耳たぶの血
管が破れて、血豆が耳たぶに沢山出来ていたんだ。だから、直ぐに手術して、
この獣医さんはボタンを縫い付けて血豆を押さえたんだよ。随分乱暴だと思っ
たけれど、僕のたまたまを取っちゃったのも同じ先生だったから、乱暴な手術
をする獣医さんだったのかもしれない。マミーは請求書を見て、目玉を飛び出
しそうになって「わー、随分高い子犬になったー」とぼやいていた。

こうして、我が家に新しい家族が増えたんだ。でも、相変わらず、プリンスは
僕だけど。                                                    

つづく(次号掲載は11月2日を予定しています)