その52.

マミーは3年前からアートリーグのメンバーになって年に一回アートショーを
する。
ショーの一日目はお客さんを招いてパーテイだ。
マミーはエンターテイメントの責任者になって、一晩に2回、歌も歌うんだよ。
初めてマミーが歌ったときは、皆東洋人のマミーがジャズを歌うので、びっく
りしていたけれど、すっかり、有名になってしまって毎年のアートショーはマ
ミーの歌はつきものになっていた。
そのアートリーグのメンバーの人達も犬をコンパニオンにしている人達が多い。
マミーはリサーチを始めて、色々な話を聞かせてもらったんだ。

まず、水彩画家のゲイルさんだ。この人は15年以上、色々なアートショーで
いつも、売上NO1だ。素敵なブルーアンドホワイトの絵を描く人なんだ。
ゲイルさんは妹のパットさんと犬の話をしてくれた。

パットさんはノースキャロライナのビーチの近くに住んでいる。
パートタイムの学校の先生で子供はいない。
旦那さんと相談して、お散歩に行ったりするのに、コンパニオンとして、犬が
欲しいと言う事になって、地元のシェルターに行ったんだ。
沢山の犬達が、檻の中で誰かが自分を連れて行ってくれるのを待っていた。
すると、パットさんの目にイエローラブラドールが飛び込んで来たんだ。
檻の中から「僕、僕、僕だよ。ここだ、ここだ。ここだよー」
って大騒ぎして何とかパットさんの気を引こうとしていたんだって。
このイエローラブラドールは本当は2日前に眠らされる予定だったのが遅れて
いて、もし、この日誰にも貰われなかったら、明日、眠らされる事になってい
たんだ。
パットさんは不思議な気持ちになってイエローラブラドールの檻の近くに行く
とこのコがうちのコになる!って強い感じがして、すぐに、決めたんだって。

イエローラブラドールは1歳。前のオーナーに捨てられてしまった所をシェル
ターに連れて来られていたんだ。凄くハンサムな健康そうな犬なのに、どうし
て前のオーナーに捨てられたのか判らなかったけれど、パットさんは大満足だ
った。

名前をノーマンとつけて、パットさんも旦那さんもノーマンが大好きになって
いったんだ。
毎日、ビーチに散歩に行く。
ノーマンは波打ち際を駆け回って、砂の上でゴロゴロするのも大好きになった。
所が1ヶ月たち、2ヶ月たつと、ノーマンの行動が何か変なんだ。
パットさんは異変に気が付いて、獣医さんの所にノーマンを連れて行った。
すると、獣医さんはノーマンは遺伝子の異常で、目の角膜が死んでしまう病気
に掛かっていて、何の治療も出来ない事をパットさんに告知したんだ。
ノーマンは少しずつ目が見えなくなって、すぐに全く見えなくなってしまった。
きっと、前のオーナーは病気の事を知って、ノーマンを捨ててしまったのかも
知れない。でも、パットさんはノーマンの視力が全くなくなっても、ノーマン
はノーマン。
パットさん夫婦にとっては可愛い子供になっていたから、視力のあった時と同
じに生活をする事にしたんだよ。
目が見えなくなった代わりに、ノーマンは何か第六感のような感覚が凄く鋭く
なって行ったんだって。

その日は、パットさんの仕事はお休みでポーチで本を読んでいたけれど、いつ
も大人しいノーマンが側に来て、パットさんの膝を鼻で押して、散歩に行こう
よって催促したんだって。
いつもの散歩の時間じゃないのに、ノーマンは一体どうしたのかとパットさん
は不思議に思ったけれど、仕事もお休みだし、お天気も良いのだから、ビーチ
に行くのもいいなあと思って、ノーマンに引き綱をつけてビーチに向かったん
だよ。
でも、その日のノーマンは変だった。
いつもはノンビリと散歩するのに、グイグイと凄い力でパットさんを引っ張っ
て行く。
何か凄く急いでいるようなんだ。
「どうしたのノーマン?」
ノーマンはパットさんを引きずるように大急ぎでビーチまでたどりついた。
パットさんがノーマンからひき綱を外すと、ノーマンは気が狂った様に走り出
したんだ。
パットさんはビックリして後を追うと、ノーマンは海に飛び込んで、沖に向か
って泳いでいた。
そこのビーチには男の子がやっと泳ぎ着いていたので
「どうしたの?」
とパットさんが声を掛けると
「妹が溺れているんです。潮の流れが急に変わって、体が海底に吸い込まれそ
うになって、僕は泳ぎ着いたけれど、妹はまだ、沖にいるんです」
この日はとっても天気が良いのでリサとデイブという兄弟はビーチに泳ぎに来
ていたんだ。二人とも地元ッコで泳ぎには自信があるし、子供の頃から泳いで
いる海だから何も心配していなかった。
でも、沖に向かって泳ぎ始めた途端に潮の流れが変わって、冷たい水が流れに
入って、どんどんと沖に流され、その上、海底に引き込まれそうになって溺れ
てしまったんだ。助けを求めても誰にも聞こえなかったから、リサはもう駄目
だとあきらめかけていた所だったんだよ。

パットさんが沖を見ると、本当に誰かが溺れている。
ノーマンは必死で泳いでリサに向かっている。
「リサー、その犬の名前はノーマンというの。目が見えないから、声を掛けて、
貴女の位置を知らせてあげて」
パットさんは渾身の力を込めて、沖に向かって叫んだんだ。
それはリサの耳に届き、リサも
「ノーマン、ノーマン、助けて」と叫んだんだ。
それで、ノーマンはリサの正確な位置を確認して、リサを体にしがみ付かせる
と、ビーチまで送り届けたんだよ。

リサは15分以上も海底に引き込まれるのと戦っていて、ほとんど泳ぐ力がな
いほど、疲れきっていた。
パットさんはどうしてノーマンが予定以外の散歩に出かけようと自分をプッシ
ュした事やあんなにビーチに来るのを急いでいた理由がそこで判ったんだ。

ノーマンは家のポーチに居る時からリサが溺れて居る事を知っていて、助ける
ために
パットさんに散歩をせがんだんだ。

僕たちは人間に聞こえないピッチの超音波みたいな音まで聞こえるんだよ。
ノーマンは目が見えなくなった代わりに、その能力がもっと鋭くなっていたの
かも知れない。

リサはもし、ノーマンが助けてくれなかったら、もう溺れて死んでいたと確信
して、この話を警察にした。ノーマンはそのヴィッレジから表彰されて名誉市
民(市犬)になったんだって。もちろん、パットさんはノーマンを誇りに思って 、
今も元気で毎日ビーチにお散歩に出かけているよ。                      
つづく(次号掲載は10月11日を予定しています)