その8.

所が、事件は僕らの方に起きたんだ。
アパートの直ぐ上の部屋に中国人の一家が引っ越してきたんだ。
このビルの中では犬は僕とチチだけ。でも、僕もチチも絶対に咆えてはいけな
いとしマミーに教えられていたので、近所の人達は犬の僕たちが住んでいる事
も知らない人が多かったんだよ。
でも、ある日、ダデイとマミーと僕たちが買い物から帰ってきて、入り口に向
かうとその一家がいた。バスが来るのを待っていたらしい。でも、暑いので日
陰にいたらしいんだ。僕もチチも部屋に向かって歩いていた。そうしたら、男
の人が
「犬だー、犬だー、こっちに来させるな!」とわめき始めたんだ。
その男の人が部屋の入り口に立っているから、僕らは部屋に入るにはそこに行
かなきゃならない。「わー、わー」と大声でどなったので、僕らはビックリし
た。
でも、知らない人だから、無視したんだよ。でも、「ワー、ワー」と大声で怒
鳴りつづけるので、ダデイが「この犬は何もしないし、何をギャーギャー言っ
ているんだ」と言うと今度はダデイに向かって「この野郎、犬を放し飼いにし
やがって、噛み付いたらどうすんだ」と言って掴みかかって来た。ダデイも怒
って「何もしていないのに、何だ、このやろ」と大喧嘩になりそうになった。
マミーは「止めて、止めて」と必死になって止めて、丁度、バスが来たのでそ
の一家はバスに乗っていったんだ。あんなに怒ったダデイは生まれて初めて見
たけれど、あの男の人が僕たちに凄い恐怖感を持っていたのも感じたよ。マミ
ーはきっとあの人は子供の頃に犬に襲われたり、噛まれた事があって、犬が大
嫌いなのよ。
怖くて、怖くてしかたないから、近くに来るだけでも、あんな極端な反応して
しまうのよ。とダデイに話していた。でも、この事が切っ掛けで、マミーは引
越ししようと決めたらしい。

そうして、次の事件が起こったんだ。朝、僕らはいつもの様にクリステーンさ
んとハッピーに会った。
一緒に散歩して、また、後でねと言って別れたんだ。
午後の4時になって、公園に行ったけれど、クリステーンさんはいない。
あれ、どうしたんだろうね。リオもハッピーも見かけないねと僕らは帰って行
ったんだ。それから、3日間、朝も午後も夜もクリステーンさんとリオ、ハッ
ピー、ラッキーは姿を現さない。4日目に公園に行くとリオとクリステーンさ
んがいた。何だか元気がなく、病気なのかなあと僕は心配になった。

「ハーイ、クリステーン。ここ、何日か見かけなかったけれど、どうしたの」
とマミーが聞くと、クリステーンさんはすっかり憔悴して目の下に真っ黒いク
マも出来ていて、ハーっと大きなため息をついたんだ。全然、いつものクリス
テーンさんじゃない。
「実は、ハッピーが死んでしまったの」
「えーー、どうして?どうしてなの? 3日前の朝、ここでハッピーに会った
じゃないの? 元気だったじゃないの?」
「そうなの、あの日の午後なの。突然、血を吐いて、止まらなくなって、その
後は、下からも血が噴き出して、タオルケットで抱いたんだけど、大出血でも
う間に合わなかった。すぐに、タクシーを呼んで、獣医さんの所に連れて行っ
た時は、もう駄目だったのよ」マミーもクリステーンさんもそこにしゃがみ込
んで泣き出した。
「どうして、そんな事が起きるの?何が原因だったの?」
とマミーが聞くと、クリステーンさんは苦しそうに、「ハッピーは私の所に来
たのがもう、5歳か6歳かになっていて、もしかすると、もっと年取っていた
のかも知れないの。だから、前の飼い主がどんな飼い方をしていたのか判らな
いのよ。
ハッピーは心臓に虫がついていて、その虫がリボンの様に、心臓の周りをぐる
ぐる巻きにして、心臓を破裂させてしまったの。でも、どうする事も出来なか
ったの。
虫はついてしまったら、死ぬのを待つだけなの」とオイオイと泣き出した。
僕も、ハッピーが死んだって何の事か判らなかったけれど、とっても切なくな
って、クリステーンさんの涙を舐めてあげたんだ。クリステーンさん、元気だ
して。
「タマちゃん、ありがとうね。でも、もう、ハッピーは居ないのよ、会えない
のよ」と言って、僕の頭をぎゅっと抱きしめてくれた。クリステーンさんが悲
しくて、悲しくて仕方がない気持ちが僕にも伝わってきて、僕も、とっても悲
しくなった。チチは何の事か判らずにキョトンとしていたけど、僕の悲しい気
持ちを感じて、ハッピーがもういないという事が判ったみたいだった。チチの
一番の友達だったから、チチもどうして良いのか、判らなかったけれど、とて
も、悲しい顔をしていた。

所が、クリステーンさんの不幸はまだ終わっていなかったんだよ。
毎日、また公園でリオとラッキーを連れたクリステーンさんと会って一緒に散
歩していたんだけれど、リオの様子が変なんだ。ちょっと、歩くとゼーゼーと
酷い音をたてる。
息が出来ないみたいなんだ。クリステーンさんが「実は、リオの心臓にも虫が
ついているの。これも私の所に来る前にもう付いてしまっていたのね。
獣医さんは、リオは体も大きいし、歩くのが凄く負担になっているから、リオ
の為にも、眠らせて上げたほうがいいというの。でも、リオは手放せない。ハ
ッピーを失ったばかりで、今度はリオもじゃ、辛すぎる。神様は何を考えてい
るの。あんなに酷い目にあったこの子たちをまた、苦しめて!」と言って泣い
ていた。
それから、1週間位、僕たちは具合の悪いリオと公園で一緒になった。
ある日、クリステーンさんがマミーに言ったんだ。
「毎晩、眠れないのよ。夜になるとリオが発作を起こして、時々、息が止まる
の。その度に、死んでしまった!とパニックになって、心配で心配で眠れない
の。リオも苦しそうで、見ていられない。絶対に離れたくないけれど、リオの
事を思うと、眠らせてあげた方がいいと、決心したのよ。」 マミーはうん、
うんとうなずくだけで、何も言えなかった。涙とハナ水で顔をグジュグジュに
していたけれど。
リオは天国に行った。クリステーンさんはリオを獣医さんの所に連れて行った
時の事を後で、マミーに話してくれた。
リオはもう、獣医さんの所についた時に自分が眠らされる事が判っていて、覚
悟をしていたようなんだ。台の上に寝かされて、獣医さんが注射を始めると、
リオはかっと目を開けて、クリステーンさんを見て、何か言おうとしていたん
だって。
でも、クリステーンさんにははっきりと、聞こえたんだよ。
ありがとう、幸せでした、って。
その後、ラッキーも同じ虫が心臓についているのが判ったんだ。前の飼い主が
クリステーンさんにラッキーを引き取ってもらう為にウソをついて、前は一度
も薬を上げていなかったのに、薬をクリステーンさんに渡したんだ。クリステ
ーンさんは知らずに薬をラッキーに上げてしまった為、虫が苦しんで暴れて、
ラッキーの心臓を痛めつけたんだ。腎臓も肝臓もみんな悪かったから、獣医さ
んはラッキーはこのままでも、ずっと苦しみます。と宣言したので、クリステ
ーンさんはラッキーも眠らせたんだ。

こうして、クリステーンさんは愛する3匹の子供達を次々と失ってしまったん
だよ。
僕もチチも大事な友達を失ったんだ。

つづく(次号掲載は11月30日を予定しています)

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