その85.

マミーは朝になると、コーヒーを片手にモーニングショーを見るのが日課だっ
ていう話は前にもしたよね。
その日の朝のニュースは、犬を歯のクリーニングに獣医さんの所に連れて行っ
たら、その後、凄い苦しみ方として死んでしまった。それで、飼い主が獣医さ
んを訴えたという話だったんだ。
飼い主さんは8歳のシェルテイのミミは犬ではなく、家族の一員だった。
息子さんは一人息子なので、自分の兄弟でベストフレンド、お母さんは離婚の
時に一番の慰めになってくれ、おばあちゃんはアルツハイマーで訳が判らなく
なってしまっても、ミミだけがおばあちゃんの相手になっていた、ミミはただ
のペットではない、大事な
家族である。だから、獣医さんの失敗で、ミミが死んだのは、許せないから訴
えたと涙ながらに言っていた。
初めに訴えた時は、ペットだからとたいした判決にならなかったので、この家
族は、上告して、その上の裁判所に訴えて、ついに、裁判に勝ったという話だ
ったんだ。
慰謝料を1万5千ドル、獣医さんが払う事になった。
裁判官が「ペットは家族の一員である」という判決を下したんだ。

獣医さん側の弁護士は「それじゃ、なんですかい、かえるだ、蛇だ、ハムスタ
ーだ、金魚だってペットだから、これも、家族の一員で死ぬたびに、獣医は訴
えられるって話になるじゃないですか?これは、どこかで規制をしないと、大
変な事になる」と言っていたよ。

ミミの飼い主さんは、健康に何の問題もなかったのに、歯のクリーニングに行
ったら、酷い苦しみ様で、悶絶して死んで行ったというのが納得出来ないし、
許せないと言うし、獣医さんはミミは元々、重大な病気を持っていたのが、歯
のクリーニングの時に出て来てそれが原因で死亡したと言い張ったけれど、結
局、飼い主さんの言い分が通ったんだ。

マミーも、もし、僕に同じような事が起きたら、許せん!と獣医さんを訴える
かも知れないなあと思ったらしい。
10年も一緒に暮らしていたら、僕もチチもペットなんかじゃなくて、犬の形
をした子供達だと思っているからね。僕だって、自分は犬だとは思っていない
んだ。
マミーと形が違うのは、どうしてかと考えた事もあったけれど、まー、こんな
もんだろうと受け入れているよ。

その後、朝刊を読んでいたダデイが
「ゲゲー、高いなあ。マミー、読んでごらん、この記事」
その記事は、犬の医療費がべらぼうに高いという話だった。
ゴールデンリトリバーによくでる腰の病気でヒップ リプレイスメントが50
00ドル、ガンに掛かった犬のキーモセラピー、1万ドル!
「払えないよー、こんなに高かったら!」

その次の日、マミーはチチのネションベンのお薬をもらいに獣医さんの所に行
って、待合室で、ドッグ ライフという雑誌を開くと、そこには犬のメラノー
マという記事が載っていて、読んでビックリしてしまったんだ。
メラノーマをいうのは皮膚がんでその中でも一番悪い奴だ。
マミーも大昔のボーイフレンドが30歳の時に、足に出来たメラノーマで死ん
でしまったので、メラノーマというのがとっても怖い病気なのは知っている。
キーモセラピーをして、3匹のうち、1匹は助かったが、2匹は300日位の
延命が出来た。この、キーモセラピーは滅茶苦茶に高いので保険に入っていな
いと、大変であるという記事だったんだ。
その時、マミーは僕の左足の付け根に黒いぶっくりとしたホクロを見つけて、
どうも、大きくなっているような気がしていて心配だった。
そこに、この記事を読んだので、もしかしたら、僕のこの黒いものも、メラノ
ーマか!と心配は、頂点に達してしまったんだ。
獣医さんが出て来て、チチの新しい薬が効いたどうかと聞いてきたので、マミ
ーは
「先生、犬のメラノーマが多くなっているって、そこの雑誌に書いてあります
けど、タマタマの足の付け根に大きな黒いホクロのようなものを見つけたんで
すが、検査した方がいいですよね」
「見なければ、なんとも言えませんが、一度、連れて来た方がいいでしょう」

すぐに、マミーはその場で予約を入れた。

その晩、ダデイに
「今日、獣医さんの所でドッグ ライフという雑誌を読んだら、犬のメラノー
マが増えているって書いてあったのよー。タマタマの黒いのももしかしたら、
メラノーマかもしれないから、あさって、獣医さんの所に連れて行くことに
したから」
マミーは、もしも、メラノーマだったら、片足切断か? キーモか?もしも、
キーモを受けさせるには、大変なお金が掛かるけれど、僕の為なら、隠して
いる貯金を全部使ってもいいとその晩は眠れない夜を過ごした。

どうも、やっぱり、マミーはチチよりも、僕の事が可愛いらしい。
僕も、愛されているのはよく判っているけれど、僕の事になると、マミーは何
が何でも一番重大な事件になってしまうらしいんだ。
予約の朝、ドクターの所に行くというと、怖がるのを知っているので、ショッ
ピングに行って、その後公園に行こうとウソをついて、僕とチチを車に乗せた。

獣医さんの事をオフィスで待っている間、足はブルブル震えるし、今度は何を
されるのかと怖くて怖くて仕方がなかったんだよ。
獣医さんが入って来ると、マミーは
「先生、これなんです、この前話した黒いホクロみたいなもの、これ、乳首じ
ゃないですよね」
と言って、僕の足の付け根を見せた。
獣医さんはフンフンといいながら、僕の足の付け根を見たけれど、
「これは、乳首じゃないです。位置が高すぎる。それから、僕の経験から言う
と、これは、メラノーマじゃないな。細胞検査をしていないけれど、これは、
細胞の変化で取ってもいいけれど、とりあえず、放っておいても大丈夫です
よ」
「ああーー、良かった、心配で、心配で昨日の夜は眠れなかったんです。でも、
先生、犬のメラノーマって本当に増えているんですか?」
「ええ、増えてます。タマタマのような皮膚に出来たもので20匹に1匹がメ
ラノーマです。人間が掛かる病気はなんでも、犬は掛かりますから」
「人間のメラノーマは太陽に当たりすぎたりしてなる事が多いですよね、どう
して犬がメラノーマのなるんでしょうか?」
「わからないんですよ。どうしてか?どうしてそういう病気やガンになるのか、
原因が判らない事が多いんですよ」

僕は体をいじくり回されたけれど、注射も痛い事もされなかったので良かった
よ。

その晩、マミーはダデイに僕はメラノーマに掛かって居ない事を報告したけれ
ど、二人は、もし、僕たちがガンや深刻な病気に掛かったり、事故にあったら、
医療費が大変だという話し合いをしていた。
次の日、ダデイは会社から帰ってくると、
「おーい、タマタマとチチの保険料、一番安いので年間で1000ドルだって。
どうする?」
「ダデイ、調べたの?」
「うん、インターネットでね。どうしょうか?保険はいるか?」
「いらない、タマタマもチチも絶対に、ガンになったりしないから」
とマミーは、あんなに僕のメラノーマを心配していたのに、何でもないと判っ
た途端、この変わり様だ。
「これだけ、食べ物に気をつけ、これだけ運動をして病気に掛かったら、もう、
寿命だとあきらめる事にする。この前、お友達と話をしたら、病気に掛かった
犬をどうしても娘が諦められないと生かしつづけて、最後は本当に可哀想だっ
た、早く、眠らせてあげるんだったと悔やんでいたし、その時が来たら、考え
る」
ときっぱりと、言い放った。でも、本当は、僕が段々と年を取ってくるので、
心配らしいんだけど、とにかく、マミーの大心配は解決したんだよ。

つづく(次号掲載は8月1日を予定しています)