その91.

僕には、年末だの年始だのという感覚は全く無い。
だけど、毎年、家中がギフトで一杯になり、クリスマスツリーが飾られて、変
な格好をさせられて写真を撮られるので、その時に、「ああ、クリスマスか」
と判るんだよ。
それに、そうすると、マミーとダデイは10日間位、2人でバケーションに出
かけてしまい、ドッグシッターのハイデさんが面倒を見てくれる。
まあ、年に一回だから、仕方がない。大人しく、お留守番だ。

今年の事をちょっと、考えてみたんだけれど、まず、夏は去年は蚊の大ブレ
イクで玄関の網戸に
千匹位集まって来て、マミーはギャーギャーと大騒ぎして香港から持て来た蚊
取り線香をモクモクと焚いていた。
それに、ウエストナイル病といって、蚊に刺されると熱が出て病気になてしま
い中には死んでしまう人も出たんだ。
僕たち犬族も病気になって死んでしまた仲間がいたけれど、それが人間と同じ
ウエストナイル病だとは、随分後になって判ったみたいだけどね。

それが、今年は蜂の大ブレイクだ。
怖かったよ。僕は、ブンブンと飛ぶ虫が大嫌いなんだ。
マミーのお庭の花にも、毎日100匹位集まって来て、散歩に出かける度にそこ
をすり抜けるのが大変だったんだよ。
まん丸に太って黄色いベストを着たみたいな蜂で「イエロージャケット」って
いう種類だ。
それに、この蜂は、他の蜂とは巣の作り方が違うんだよ。
何と、地面に穴を掘って、アリみたいに巣を作るんだ。
だから、知らないで、地面に顔を近づけると、巣穴から、ワーっとでっかい太
た黄色い蜂が飛び出て来て、襲ってくる。
近所の人たちも大人も子供も襲われて刺されて、病院に駆け込んだと聞いたよ。
人間は蜂の毒のアレルギーを起す人が多くて、ショック死してしまうケースも
あるんだって。

あれは、暑い夏の日だった。
マミーは何かのミーテングで朝から、大忙しで、突然僕たちを迎えに来て、そ
のまま、ミーテングに
行ってしまい、僕とチチは車の中で待っていた。
マミーは凄くあわてていたので、窓をちょっとしか開けないで、行っちゃった
んだ。
そうしたら、窓の隙間から、僕の大嫌いなイエロージャケットが一匹入り込み、
僕の右のほっぺたに
止まると、チックって刺したんだよ。
ギャー、痛い!
僕は大きな声でマミー、マミーって呼んだけれど、勿論、誰も駐車場にいない。
ほっぺたはどんどんと膨らんできた。
痛くて痛くて、クンクン泣いちゃったよ。
それから、10分位して、マミーが戻って来た。
「あー、ごめんねー。窓を開けてなかったね。暑かったでしょ」
まだ、気が付かない。
そのまま、マリーナまで行って、駐車場に車を停めて、散歩をしようと思った
らしい。
車を停めて、僕とチチを降ろした時に、やっと気が付いた。
「あれ、タマちゃん、どうしたの、その顔。やだ、半分パンパンに腫れている
じゃないの。オタフク風邪に掛かったみたいだわ。やだやだ、半分だけ、太っ
たシャーペイみたい」
と言ってガハガハ笑った。
冗談じゃないよ。笑っている場合じゃないんだ。
僕は顔が痛いんだよー。
マミーは、僕がヨタヨタと歩いたのを見て、凄くシリアスな事に気が付いたん
だ。
「タマちゃん、それ、大変だ。すぐに、家に帰ろう」
とシーシーだけを済ませて、すぐに家に帰ったんだ。
でも、マミーはどうして良いのか判らずに、タオルに氷をくるんで、僕の腫れ
て石のように硬くなったホッペタを冷やしてくれた。
「どうしよう、どうしよう。やっぱり、ドクターに行かなければ駄目よね」
とグズグズしていると、僕は、やっぱり、神様はいると思ったね。
だって、ピンポーンってドアのベルが鳴ったんだよ。
マミーがドアを開けると、そこに立っていたのは、冷凍食品の御用聞きオニイ
チャンだったんだ。
いつも、クッキーをくれるかこいいオニイチャンだったんだ。
マミーはすかさず、
「ねえ、貴方の所は3匹犬を飼っているって、言ってたわよね。このコのほっ
ぺた、やっぱり、蜂に刺されたのかしら?」
「あー、そうだよ。家の犬達は何十回も刺されているからね。こりゃあ、蜂に
やられたんだ。お宅にべネドレンありますか?ホーム獣医さんが、刺されたら、
直ぐにべネドレンを飲ませろと言っていたよ」
「べネドレンね。この前、捨てちゃったのよ。私には合わなくて。いいわ、こ
れから、ドラッグストアーに行ってきます」
「放っておくと、大変な事になるよ。蜂の毒は怖いからね」
と言って、オニイチャンが帰って行ったので、マミーは
「べネドレン、べネドレン」と呪文を唱えて、出かける準備を初めて、僕たち
も車に乗せたんだ。
べネドレンっていうのは、アレルギーのお薬なんだけど、マミーが飲んだら、
急にバタンって倒れて
眠ってしまう程、凄く強い薬なんだ。体に合わないからとつい、この前捨てち
ゃった所だった。
マミーが車に乗ろうとすると、家に前に停めてあったトラックから、さっきの
オニイチャンが飛び出して来て「今、獣医さんに電話したら、やっぱり、応急
処置にはべネドレンが一番だって、言っている。放っておくと、腎臓をやられ
て、糖尿病になったりするから、すぐ、行った方がいいよ」と教えてくれた。
何ていい人なんだろう。マミーは、いつもオニイチャンが来ると、最近アメリ
カで会った男の人の中で一番魅力的だと思っていたんだ。ちゃんと、判ってい
る。
だってさ、筋肉モリモリでカッコいい上に、こんなに親切なんだもの。
それから、ドラッグストアーに行ったのだけれど、棚には10種類くらいべネド
レンが並び、「鼻詰まり、クシャミ、頭痛」と書いてあって、蜂刺されとは書
いていなかったので、どれを買って良いか、また、困ってしまったんだ。
そのうちに、そう言えば、日本から蕁麻疹の薬を持って来ていたことを思い出
して、鼻詰まりや花粉症なんかより、蕁麻疹の薬の方が、蜂刺されには近いだ
ろうとそのまま、家に逆戻りして、僕は、蕁麻疹のお薬を飲まされた。
夜になって、ダデイが帰って来るとマミーは僕の蜂刺され事件の話をした。
そうしたら、ダデイが「何で、病院に連れて行かなかったんだよ」とちょっと
怒った。
「だって、高いんだもの。病院には生死に関わる以外は行かない事にしたんだ
もーん。家は貧乏だから」
とマミーは、貧乏だからという所を凄く強調して反論したので、ダデイは何も
言えなくなってしまったんだ。
「とにかく、もう一回、蕁麻疹の薬を飲ませて、明日になっても、シャーペイ
顔が治らなかったら、病院に連れて行く」
と言ったんだよ。
次の朝、蕁麻疹のお薬が効いて、僕の石のようにコチコチになった顔はすっか
り元に戻り、蜂刺され事件も一件落着した。
でも、本当に体の小さい犬はこのイエロージャケットに刺されてショック 死
をしたり、後で蜂の毒で腎臓や肝臓の病気になってしまったりするんだって。
だから、刺されたら直ぐに、人間のアレルギーの薬を子供用の半分くらい飲
ませてくれれば、応急処置になるんだって。

つづく(次号掲載は1月9日を予定しています)
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